お相撲界隈の悪い報道が続いていますねぇ。
ようやく落ち着いたかと思うと、また別の問題が持ち上がり、断続的に問題が吹き出している印象を受けます。それ云々どうこう思いません。ただ、外資系で長く仕事をしてきた僕が強く抱いている疑問は、「この日本相撲協会という組織には PR(日本語化しちゃったPRじゃなくて、Public Relationという意味で)が存在しているのだろうか」、ということです。
決して「なぜ、もみ消せないのか」と言っているわけではなく、あまりにも対応がまずすぎるというか、このような大組織にしては、ファイアウォールがなさ過ぎるという印象です。つつかれてから、致命的な状態に陥るまでが短すぎる気がしています。きっと昔は相撲協会を叩くなんて行為自体がなかったから、それに対応する仕組み(PR部門)が弱いんじゃないかなと予想しています。
ジャーナリズムの観点から言うと良くないのでしょうが、通常の企業、特に外資系企業の強力なPR部門であれば、うまいこと話を穏やかな方向に持って行ったり、時間稼ぎをして他の話題でマスコミが持ちきりになるのをまったり、それこそあの手この手で封じ込めるものです。繰り返しますが、ジャーナリズムの観点としては好ましくない行為です。ただ、他のほとんどの企業(たとえばジャニーズとか)が、超強力なPR部門を備えている状況で、それらの組織と同じ条件で、相撲協会のようなごく一部のバリヤがほとんど無い組織が、報道されることを考えると、ジャーナリズムの観点からもフェアではなくなり、要するに、公平な報道がなされないかも知れません。
相撲協会の立場で考えると(いいか悪いか分かりませんが)外資系かなんかの超辣腕PRマンでも雇うのが、とにもかくにも先決な様な気がします。内部腐敗をただしていくことは当然として、それに加えてね。
ついでに、もう一つ。
X JAPAN の YOSHIKI が駆けつけた、横綱白鳳関の優勝記念撮影の一件は、どうしてもいただけません。あれだけは一言「野暮!」と言いたいです。江戸っ子の「粋(いき)」も感じられなければ、すがすがしさもゼロ。国技には、日本の文化を現代に伝えるという役目もあると思っているのでがっかりしました。色んな伝統もルールもあるのでしょうが、そういうことを抜きにして、純粋におかしいなあ。
そもそも、伝統云々と言っていますが、この場合はその伝統をはき違えている気がして仕方ありませんでした。茶の世界に発する日本の美しい伝統の一つに「一期一会」があります。お茶会でも、お花見会でも、一度限りのその会を成功させるべく、スタッフはそのことに心血を注ぎます。その伝統をもっとも色濃く受け継いでいる京都では、今でもそのスピリッツは強いそうです。たとえば、会の中で「ルール違反」にあたることが起きたとしても、それにより皆が楽しんで、すばらしい会であった、と言うことができるのであれば、その「ルール違反」は全く許されるのです。主催する人一人一人が、とにかく「良い会」にしようという意志を持って動いているのです。それを指摘して、雰囲気を台無しにするような「野暮」は決して起きないと聞きました。どこを伝統とするか、という問題がありますが、もし「ルールを守るだけ」が伝統と思っているのであれば、このような優雅なフレキシビリティのある「野暮」でない伝統もあるということを、そして見ている人が「不自然に感じない」ことの重要性を認識すべきなんじゃないかなーと考えました。
この辺も裏を返せば、十分「売り」になる部分なんです。辣腕PRチームがいれば、きっと YOSIHIKI の写真撮影参加を逆手にとって良い PR となったでしょう。詰まるところ、そういうことです。
# ちょっと長くなりすぎて、メディアトレーニングについて書けませんでした。。またエントリを改めます。
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